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福岡高等裁判所 昭和38年(ネ)621号 判決

理由

一  被控訴人太田ミ子が昭和三六年四月一二日控訴人から金二〇〇万円を弁済期同年七月三一日、利息年一割五分((証拠)によると利息の支払期は元金のそれと同一である。)を借受ける契約をなしたこと及び甲地につきミ子が能生に対し控訴人主張のように所有権移登記をなしたことは当事者間に争いがなく、(証拠)によれば、太田ミ子は右債務を担保するため、同人所有の甲地につき長崎地方法務局福江支局昭和三六年四月一七日受付第一、二一六号をもつて、その旨抵当権設定の登記を経由していることが認められ(抵当権を設定し登記を経たことは、当事者間に争いがない。)控訴人が同月二二日金二〇〇万円(この点下記括弧内の設示参照)を太田ミ子に交付したことは同人の明らかに争わない事実であるから自白したものとみなす。(証拠)によれば、被控訴人太田能生は昭和二三年一〇月二八日生まれの未成年者で、昭和二八年二月一三日太田ミ子とその夫太田貢夫婦の養子となり、昭和三一年九月一一日貢死亡後はミ子の親権に服していること、ミ子は能生を法定代理し、昭和三六年四月一二日控訴人から金六〇万円を弁済期同年七月三一日利息年一割八分、利息支払期元金と同日の約で借受ける契約をなし、右債務を担保するため、前記支局同年四月一七日受付第一、二一五号をもつて能生所有の乙地につき、その旨抵当権設定の登記をなし、控訴人は同年四月二二日前示金二〇〇万円と同時に金六〇万円計金二六〇万円をミ子に交付したこと、この抵当権の登記は、本訴訟係属中の昭和三七年一二月五日に、同月一日弁済を原因として抹消登記されていることの各事実が認められる。

二  ところで控訴人は、右金二六〇万円のうち、金二〇〇万円を弁済期までに支払わないときは、控訴人において前記の抵当不動産である甲地を代物弁済として取得し得る旨の控訴人を予約権利者とする代物弁済の一方の予約をミ子との間に締結し(当初は金二〇〇万円の債務不履行を停止条件とする代物弁済契約が成立したと主張し、後に上記のとおり主張を変更した。)その仮登記を経たと主張し、(証拠)によれば、甲地につき昭和三六年四月一二日停止条件付代物弁済(同日消費貸借による金二〇〇万円を弁済期に弁済しないときは、甲地の所有権が移転する。)を原因とする控訴の趣旨記載の所有権移転請求権保全の仮登記がなされていることが明らかであるが、被控訴人らは、ミ子において控訴人との間に右のような停止条件付代物弁済契約ないし代物弁済の予約をなしたことはなく、右仮登記はミ子名義の文書を偽造してなされた無効の登記であると、抗争するので判断する。

前認定のように、不動産に抵当権を設定して登記を経由すると同時に抵当債務の不履行を停止条件とする代物弁済契約を原因として所有権移転請求保全の仮登記がなされた場合において、抵当債権者が右は代物弁済の予約による抵当不動産の所有権移転請求権を保全するための仮登記であると主張し、本登記を訴求するときは、仮登記の原因たる実体的法律関係が存するか否かを判断するに当つては、真正な停止条件付代物弁済契約の存否の外いわゆる代物弁済の予約の存否についても認定することが必要である。右のような仮登記は実体関係が存在して、後日所有権が移転したときは、その請求権が代物弁済の予約による所有権移転請求権である場合においても、本登記の順位を保全する効力を有すると解するのが相当であるからである。けだし抵当債権者の有する停止条件付所有権移転請求権は債務不履行自体を停止条件とする所有権移転請求権であるのに対し、代物弁済予約による所有権移転請求権は債務不履行によつて発生すべき予約完結権の行使を停止条件とする所有権移転請求権であるという相違はあつても、ひとしく停止条件付所有権移転請求権たる点において差異はなく(不動産登記法第二条第二号第七条第二項参照)、ともに同法第二条第二号第二項の請求権として仮登記されよつて、本登記の順位を保全するものであり、しかも両者の異同は相当高い法律的知識を有する人にしてはじめて弁別し得るものであるから、法律的素養の高くない一般の人が、前者の請求権を有するのに、後者の請求権保全の仮登記をなし、あるいはその逆の仮登記をなした場合に、それらの仮登記は保全さるべき請求権がないとして無効とするのは、仮登記制度を認めた法の精神に反することになることをも考慮しなければならない。

よつて以上の見地に立つてみるに(証拠)を総合すれば、つぎの事実、すなわち、

太田ミ子は甲地上に幼稚園の園舎を所有し、太田能生所有の乙地をその運動場として双葉幼稚園を経営してきたところ、昭和三四年頃講会の崩れから主債務及び保証債務を合わせ数百万円の債務を負担するにいたり(この内にはミ子の娘で能生の母である訴外成田寿子が訴外塩塚マツから昭和三四年一〇月二九日金七〇万円を借用し、これを担保するため甲地に抵当権設定の登記をしたものも含まれている。)債権者らの協議の末昭和三四年一二月頃ミ子の依頼を受けて控訴人がミ子の負債整理に介人することとなつたが、控訴人の仲介によらないでミ子は右負債を弁済するため、借主太田能生を法定代理し昭和三五年一月一一日甲乙両地を共同担保とし、訴外松本忠から金二〇〇万円を弁済期昭和三六年七月末日利息月一分五厘、遅延利息日歩五銭の約で借受け(右塩塚マツの債権は即日弁済されて同日抵当権設定登記は抹消された。)即日抵当権設定登記を経たこと(ただし抵当権の被担保債権額は借受け日から弁済期までを一八ヵ月と見てその間の利息金五四万円と、太田能生が負担すべき抵当権設定登記費用金三万円を松本忠が立替え支払つたので、この三万円を加算して、金二五七万円と登記され、従つて弁済期までの利息は無利息と登記されたが、弁済期限前に弁済する場合は、元金二〇〇万円とこれに対する借受日から弁済当日までの約束利息並びに立替金三万円を支払えばよいという約定である。)昭和三五年二月一一日には藤屋栄太郎盛立貯蓄組合講会(代表者清島三代治、以下藤屋講と略称する。)外八講会から甲地に対する仮差押えの登記がなされ、同年四月一九日藤屋講は金九〇、七二〇円と督促手続費用金一、二〇〇円の支払いを命じた仮執行宣言付支払命令正本を債務名義として、甲地に対し強制競売を申立て鑑定人の評価した甲地の評価額は金三八〇万円で、これを最低競売価額として競売手続が進行したが競買申出人がなく、新競売の最低競売価額は金三〇四万円と定められるにいたつたのであるが、これより先藤屋講とミ子との間に和解が進められていたので同講の代表者清島三代治は、その旨を記載した競売期日延期の申立書を競売裁判所に提出してその延期を求め、昭和三六年二月一八日には藤屋講は競売申立を取下げ同月二一日強制競売申立の登記は抹消されたこと、また、前示藤屋講外八講会を仮差押え債権者とする仮差押えの登記も、すべて同月二四日の取下を原因として、翌二五日抹消されたので同日以降同年四月一七日控訴人を登記権利者とする前示抵当権の登記と仮登記とがなされるまでの間、甲地は後記塩塚マツの差押えを除いてなんらの負担を伴わない土地であつたこと、その後塩塚マツはミ子に対し元本金二五万円とこれに対する昭和三五年五月二一日から完済まで年五分の割合による金員及び督促手続費用金一、〇二五円の支払いを命じた仮執行宣言付支払命令正本に基づいて、甲地に対する昭和三六年三月一八日長崎地方裁判所の競売手続開始決定を得て、同月二二日強制競売申立の記入登記が経由されたが、早くも同年四月一八日には、右競売申立は取下げられ、右記入登記は同月一九日抹消されたこと、甲地のうち最もよい二五坪位は訴外長谷川倉吉が敷金なしで昭和三六年六月まで月一、〇〇〇円の賃料で賃借して同借地上に建物を所有して煙草店を営み、その余の甲地のうち二五坪位を訴外平山健二が敷金なしで賃料金一二万円を前払いし、月一、五〇〇円の賃料で賃借していたが、第一生命保険相互会社は、甲地を金四二〇万円で買受けることを申込み、ミ子においてもこれを承諾したところ、前示長谷川倉吉において、立退料金八〇万円を要求して譲らないため、右売買は解約されたが、その後同人との間の民事調停によつて、長谷川が昭和三六年五月までに甲地をミ子に明渡す旨の調停成立し、大同生命保険相互会社は同年三月から四月にかけて、長谷川が甲地を明渡した後でよいから、これを金三五〇万円で買受けたい旨再三申込んで来ていたこと(なお競売手続上選任された鑑定人による甲地の評価額は前認定のとおり金三八〇万円である)、控訴人が甲地につき代物弁済の予約が成立したと主張する頃ミ子はその養子能生の財産を合わせても、甲乙両地と福江町字北町六六六番一五及び同番一六の宅地合計五一坪八合五勺以外に見るべき資産とてなく、しかも右宅地五一坪八合五勺は訴外山村嘉一を抵当債権者とする金一〇〇万円の抵当権を負担して剰余がないのに対し、多額の債務を負担していたので、金二〇〇万円を昭和三六年七月末日までに弁済しうる見込みは全くなく、そのことはミ子において知悉していた筋であるから、前説示の代物弁済の予約にせよ、停止条件付代物弁済契約にせよ、結局において甲地を僅か元金二〇〇万円の債務のために手放す外はないこととなる契約をなすがごときことは、特段の事情のない本件において到底考えられないこと。その上原判決が理由三において説示する事情が存するのである。ミ子と能生は控訴人から金二六〇万円の抵当債務を負担することによつて果して幾何の利益を得たことになるか、金六〇万円については、一ヵ月の期限の利益を得たに過ぎず、金二〇〇円については、利息として年三分の低利率の数ヵ月分と、弁済期限として一ヵ月の期限の利益を得たにとどまるのに、これが代償として甲地を失うがごとき危険この上ない契約をなしたとするには、特別の事情がなければならないが、本件においてその事情は認めがたいこと。

また前記金二〇〇万円の抵当債務を同債務の弁済期たる昭和三六年七月末日までに弁済しないときは、甲地は期限の経過と同時に当然に、または期限経過後控訴人の代物弁済予約完結の意思表示によつて控訴人に移転する特約がなされたとすれば、この特約は金二〇〇万円の消費貸借兼抵当権設定契約書たる甲第一号証に記載されるか、または別に右特約を証する契約書が作成されるのが一般通常の事例であるのに、この特約を証する書面はついに作成されたことはなく、本件仮登記申請は登記原因を証する書面が存在しないことを理由として登記申請書の副本一通が申請書に添付され、しかも同申請書には、太田ミ子の代理人として司法書士平田嶋雄においてこれに署名押印しているので、ミ子において同申請書を見たことがないこと、同司法書士は昭和三六年四月一二日頃控訴人を登記権利者被控訴人能生ないしミ子を登記義務者とする。土地建物抵当権設定登記(本件外のもの)、土地抵当権設定登記、停止条件付所有権移転仮登記(以上本件のもの)の各申請書類の作成委嘱を受け、同月一四日頃これを作成しているけれども、ミ子は前説示のような代物弁済予約ないし停止条件付代物弁済契約を約したことがなく、本件の仮登記がなされたのは、原判決が理由の六、七において認定しているような事情によるものであること。

以上のとおり認めることができる。

三  以上各認定のように、控訴人と被控訴人太田ミ子間には、控訴人主張のような代物弁済の予約はもちろん、前説示の停止条件付代物弁済契約も存在しないので、この契約の存在を前提とする控訴人の被控訴人らに対する請求を棄却すべく、同旨の原判決は相当で控訴は理由がない。

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